「文武両道 目指すは甲子園出場と難関大学合格!」東筑高校野球部(後編)

県外の中学生をスカウティングすることはなく、地元の中学生を地元で育て、甲子園の夢をともに目指すーー。
華やかな甲子園大会の裏で、公立校の指導者たちの戦い、願いは、もがき、苦しみを伴いながらも、地道に着実に、息づいている。来年、創立120年を迎える福岡県立東筑高校は毎年約200人の国公立大学合格者を出す進学校ながら、秋の福岡県大会で県優勝、九州大会で4強入り。夏、春2季連続甲子園をつかもうとしている。青野浩彦監督(57)の指導法、選手の思想には、「部活動」という枠組みを逸脱しない、人として大切な考えが詰まっている。

2017.12.20
東筑は進学校であるだけでなく、地元の人気校でもある。昨年の入学志願者は、定員320人に対して、454人。志願倍率は1.42という難関だ。90%以上が国公立進学で、内訳は、九州大学を筆頭に、東京大学、京都大学、熊本大学、広島大学などが続く。



入試では高得点が必要なだけに、選手たちは中学時代、中3夏の総体が終わるとすぐに受験勉強に切り替え、野球で培った体力を土台にして勉強にシフトしてきたそうだ。晴れて、憧れの「TOCHIKU」ユニホームに袖を通す時には、勉強で頑張ってきた自信も折り重なっているのだ。



寮がなく、下宿生もいない。全員が自宅から通学し、保護者の理解、支えの中で野球と勉強を両立させている。青野監督が何も言わなくても、選手たちが自分で気づき、行動できるのは、家庭での教育が大きく影響されていることは間違いない。田中選手のように、勉強意識、集中力の構築、楽しむ野球をしてきた環境が健全なバランスでそろっている選手が多い。それが東筑の特徴であり、強みなのだ。野球部に限らず、一般の生徒も同じタイプが多く、部活動加入率は88%以上と高い。

飲み込みが早く、吸収率が高い。受験での成功経験があるだけに、練習の取り組みにも根拠がある。青野監督が再就任後、2年で結果を出せたのもこのあたりに理由があるように感じる。もし、東筑が福岡の甲子園常連校になれば「甲子園に出たいから、勉強を頑張る」という考えが中学野球のスタンダードになる可能性が出てくる。理想論かもしれない。しかし、青野監督が最後に言った言葉に、これからの「高校野球」の理想が込められていた。

「勉強するのは、みんな嫌。勉強するのは、みんな嫌いで大変。だって一人の戦いだから、気持ちが切れるんです。でもグラウンドに来れば、みんなで野球ができる。野球は、ミスをカバーし合うスポーツ。一人じゃない。だから楽しい。楽しい野球をやるために、苦しい勉強を頑張っているんだと思います。うちの選手たちは」。

夏の甲子園に出場した3年生選手の中に、東京大学を志望している生徒が2名いるそうだ。「明治や、早稲田の選手の出身が、甲子園常連校ばかりで寂しいです」と言う青野監督も、国立大(筑波大)出身。

「うちの選手が国公立の野球部で活躍して、そんな明治や早稲田と互角に戦える日がくるといいですよね」

それは、プロ野球選手になることと同じくらい、人として名誉なことではないだろうか。(取材・文/樫本ゆき)


◆東筑高校

1898年(明治31)創立、1900年(明33)創部。文武両道、質実剛健が校是。部員数2年=25人、1年=18人。女子マネージャー=5人。山本哲也部長(52)、青野浩彦監督(57)。甲子園出場は春2回、夏6回。全日制普通科(共学)。スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定校。主なOB=仰木彬(元オリックス監督)、高倉健(俳優)、福山龍太郎(元ダイエー)、大村孟(ヤクルト育成)ほか。所在地=北九州市八幡西区東筑1-1-1

◆青野浩彦(あおの・ひろひこ)

1960年(昭35)6月29日生まれ。福岡県北九州市出身。東筑高―筑波大。高3夏に主将、捕手として甲子園出場。大学卒業後、保健体育科教諭として北九州高監督に就任。94年4月に母校で副部長、監督として16年指導。96年夏、98年センバツ出場。鞍手高を経て16年から再び東筑高の監督に就任した。

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