【夢を叶えた男たちの少年時代】福岡ソフトバンクホークス 岩嵜翔投手(中学〜高校編)

プロ10年目となる2017年シーズン、初めてのタイトルを獲得するなど不動のセットアッパーへと成長した岩嵜投手はどんな少年時代を過ごしてきたのだろうか。その生い立ちから、憧れのプロ入りまでを語ってもらった。今回は中学から高校入学までを振り返ってもらった。

2018.01.11
少年野球チームに入ったきっかけは兄・翼さんの影響で、自身が強く野球に興味を持ったわけではなかったが、気付けばすっかり虜になっていた翔くん。自主練習を欠かさずに行い、お手本となる選手を見つけてはうまくなろうとよく真似をしていた。高根中学校に進学すると、迷わず野球部に入部を決める。中学からは投手に専念することになった。

「小学生のときと違って、放課後は毎日練習があるので、家での自主練は少しずつ減っていきました。でも好きだったので、時間があればやっていましたね」
投げ込みや打撃練習は減ったものの、少しの時間を見つけてはボールに触れていた。自分の部屋でベッドに仰向けに寝転がり、天井に向かってボールを投げる。スナップを利かせながら真上に投げるのだが、ときには投げ損なったり捕り損なったりしてしまう。そんなとき、起き上がってボールを取りに行くのが面倒なため、何球ものボールをベッドの側に置いておく用意周到ぶり。おかげで部屋中にボールが散乱していることもあったようだ。

大人になった現在は189cmと長身の岩嵜投手。小学生の頃から周りの友達よりも身長は高かったが、中学から高校にかけて本格的な身体の成長が始まった。
「僕の場合は成長痛で一時、練習できない期間がありました。そういうときはしっかり休むことも大事だと思います」

写真|中学時代の話を懐かしそうに話してくれた岩嵜投手
中学時代の話を懐かしそうに話してくれた岩嵜投手

野球教室でもよく耳にするのが「基礎練習をしっかりやるんだぞ!」という言葉。プロになった今だからこそ、その大切さをより実感している。
「中学生の頃は基礎練習をしっかりやるのが大事だと思います。プロ野球選手の派手なプレーを真似したくなる気持ちはわかりますけど、基本があってこそ。だから、ランニングや腹筋・背筋など基礎練習やトレーニングをたくさんしてほしいですね」

2年生になると部活動とは別に、Kボール(現・KWBボール)の「船橋選抜」に選出され、全国大会に出場した。全国のマウンドを経験できたことはもちろん、他校の選手と一緒にプレーできたことにも刺激を受けた。
「船橋市内の選手が集まって一緒にプレーできたので、レベルも高かったし楽しかったです」と振り返るように、この「船橋選抜」のチームメートとの出会いが高校進学へ大きく影響を与えることとなる。


15歳の春、地元・市立船橋高校での新生活がスタートした。
「みんなで同じ高校に行ったら強くなるんじゃないか」と、「船橋選抜」で共に戦った仲間の多くが、高校で同じユニフォームを着ることを選んだ。

高校でのキツイ思い出といえば、食事。食が細かった翔くんはなかなか体重を増やすことができず、食事には悩まされてきた。
「食トレというか、メシ合宿みたいなものがあったんですけど、あれはきつかったですね。どんぶり茶碗で一食5杯は食べないといけません。毎週月曜日に行われる体重測定もクリアしないといけませんでしたから」

身長185cmで体重は70kg台前半。「もっと太れ!」とよく言われていた。体重測定で前の週より減っていれば、うさぎ跳びやおにぎり追加などのペナルティが待っている。なかなか太れない翔くんは「けっこうやっていました」と苦笑いを見せる。

近年、食トレや食育という言葉が飛び交っている。どういった指導が正しいのか定かではないが、どの時代においても高校球児にとって必要不可欠な要素なのだ。
「当時の食トレは苦しかった思い出しかないですけど、今となっては必要だったと感じています。大きければいいというわけじゃないですが、大きいにこしたことはない。食べることも必要だなとは思います」

身体の成長とともに技術を磨きながら、甲子園を目指した。
「祖父母の家が大阪にあるので、小学生の頃はよく甲子園に観戦に行っていました。初めて見たのが市立船橋高校で『地元の学校だ。かっこいいな』と思ったのを覚えています」

あの頃、スタンドから眺めていた憧れのマウンドに、今度は自分が立つ。そんな気持ちが日に日に増していった。

(取材・文/古江美奈子 ※幼少期の写真は提供写真)


協力:福岡ソフトバンクホークス オフィシャル球団誌『月刊ホークス』
https://www.hawks-ma.net/

プロフィール

いわさき・しょう/1989年10月21日生まれ。千葉県船橋市出身。出生時の体重は3,690グラム。189cm、83kg。右投右打。市立船橋高校では3年夏に甲子園出場。07年11月高校生ドラフト1巡目でソフトバンクに入団。1年目に1軍初登板を果たし、4年目にプロ初勝利を挙げた。日本一になった17年は球団記録となる72試合に登板し、46ホールドポイントで最優秀中継ぎ投手を獲得した。



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