【夢を叶えた男たちの少年時代】福岡ソフトバンクホークス 岩嵜翔投手(高校〜プロ編)

プロ10年目となる2017年シーズン、初めてのタイトルを獲得するなど不動のセットアッパーへと成長した岩嵜投手はどんな少年時代を過ごしてきたのだろうか。その生い立ちから、憧れのプロ入りまでを語ってもらった。今回は高校から福岡ソフトバンクへ入団するまでを振り返ってもらった。

2018.01.12
市立船橋高校に進学し、1年生の秋からベンチ入りしたものの、投球に関して試行錯誤の日々が続いていた。そこで2年の途中からサイドスローに転向した。

「オーバースローでうまくいかない時期もあったし、もう一人上手投げの投手がいたので。同じような投手が2人いるよりも、サイドスローにした方がいいんじゃないかという思いから変えてみました」
もう一人の投手とは、同級生の山崎正貴投手(2014年までオリックスに所属)。翔くんとともに市船の二枚看板としてチームを牽引していた投手だ。サイドに転向してうまくいっていたと実感するも、3年生の春に桜内剛監督が就任したことをきっかけに、「プロに行くならやっぱりオーバースローだ」と右上手に戻した。
すると本人も驚くほどに調子が上向いていった。「高校生の頃はスピードを出すことが楽しみの一つでもあった」と、球速が増すたびに投げることが楽しくなっていく。

写真|高校時代のことを懐かしそうに振り返ってくれた岩嵜投手
高校時代のことを懐かしそうに振り返ってくれた岩嵜投手

そうして迎えた最後の夏、千葉県大会決勝。木更津総合を9対1で下し、念願の甲子園出場を果たした。栃木県代表の文星芸大付との初戦、背番号1をつけた翔くんはまずレフトから山崎を見守る。市船が得点できないまま、出番が回ってきたのは3点目を失った5回だった。マウンドへ向かい、山崎投手からボールを受け取る。緊張はなかった。ただ抑えたい、勝ちたい思いだけだった。

5回は後続を打ち取ったが、完全に流れは相手に傾いていた。反撃に出たいところだったが、ホームが遠い。急成長をとげたエースは、夢の舞台で自己最速となる150キロを出してみせた。しかし、試合は5対0で敗退。それでも「楽しかったです。150キロが出たのは嬉しかった。やっぱり甲子園は野球少年の夢。みんなが行ける場所ではないけど、行っても行かなくても目指して頑張ることに価値があると思います」と振り返る。

写真|甲子園への出発式の様子。地元・船橋駅でたくさんの声援に勇気をもらって出発しました
甲子園への出発式。地元・船橋駅でたくさんの声援に勇気をもらって出発しました。

勝利こそできず悔しさを味わったが、自身の投球にはだんだんと自信が持てるようになってきた。2年生までは成果が出ずに、意識することすらできなかったプロの世界へ近付いている実感もあった。
「3年の夏前くらいからスカウトの方が練習を見に来てくれて、プロ入りを意識するようになりました。甲子園を終えた頃には、本当に行けるんじゃないかなと思っていたし、自信もありました」

夢が現実となった。
高校生ドラフト1巡目で福岡ソフトバンクホークスへ入団。

1年目のファーム日本選手権では完投勝利をあげ、MVPを獲得。またルーキーイヤーに1軍初登板を経験した。その後3年間、登板のチャンスはもらうものの、なかなか勝利にはたどり着けずにいた。
「2軍ではある程度の成績を収めていたので、やれるんじゃないかなという思いもあったんですけど、1軍で初登板したときに簡単に打ちのめされたので厳しい世界だなと痛感しました」
初勝利は4年目となる2011年5月13日の西武戦。ウイニングボールは実家へ送った。感謝の思いとこれからの恩返しを約束した手紙を添えて。

その後、1軍の先発ローテに定着することは簡単ではなかった。先発から中継ぎへと転向し、さらに工藤公康監督就任後は「工藤塾」とも呼ばれるトレーニングをこなして、覚醒し始める。身体はひと回り大きくなり、直球はコンスタントに150キロを超え威力を増した。そして、プロ10年目となる昨季、セットアッパーとしての地位を確立し球団記録となる72試合に登板。46ホールドポイントをマークして、自身初となるタイトル・最優秀中継ぎ投手を獲得した。
「こんなに投げられるとは思っていなかったし、シーズンを通して投げられたことは自信になりました」とキャリアハイのシーズンを終えた。

最後に「子供の頃にもっとこうしておけばよかったと思い返すことはないですか」と尋ねてみた。すると「思い切り遊んだし、たくさん練習もしました。悔いなくやってきたので、何もありません」と気持ちのいい答えが返ってきた。

「全体練習だけじゃなくて、個人練習は必要だと思います。楽しければ絶対できると思う。まずはそのために野球を好きになることですね。そうなって楽しめたらいいんじゃないかな」
これは、先輩から野球少年たちへ送るエール。そして、岩嵜投手自身もさらに夢を与えられる存在になるため、プロとしての高みを目指していく。

(取材・文/古江美奈子 ※幼少期の写真は提供写真)



協力:福岡ソフトバンクホークス オフィシャル球団誌『月刊ホークス』
https://www.hawks-ma.net/

プロフィール

いわさき・しょう/1989年10月21日生まれ。千葉県船橋市出身。出生時の体重は3,690グラム。189cm、83kg。右投右打。市立船橋高校では3年夏に甲子園出場。07年11月高校生ドラフト1巡目でソフトバンクに入団。1年目に1軍初登板を果たし、4年目にプロ初勝利を挙げた。日本一になった17年は球団記録となる72試合に登板し、46ホールドポイントで最優秀中継ぎ投手を獲得した。

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