【夢を叶えた男たちの少年時代】福岡ソフトバンクホークス 中村晃選手(幼少期~中学編)

選球眼の良さと巧みなバットコントロールが魅力の中村晃選手。どの打順を任されても持ち味を発揮できる打撃職人として、昨季は2年ぶりの日本一に大きく貢献した。11年目を迎える今季は、開幕3戦目で逆転満塁ホームランを放ち、早速その存在感を見せつけた。そんな中村選手は、どんな少年時代を過ごしてきたのだろうか。その生い立ちから、憧れのプロ入りまでを語ってもらった。

2018.04.04
中村家の長男として誕生した男の子は「お日さまのように明るく育ってほしい」というお母さんの想いから、「晃」と名付けられた。しかし、幼少期はおとなしく、なかなか人前には出たがらない恥ずかしがり屋さん。幼稚園に入園したての頃は、通園バスに乗らず泣きじゃくるほどだった。なかなか側を離れずに涙する晃くんに、お母さんは手を焼いていたそう。だんだん慣れてくると、友達も増えて幼稚園生活を楽しめるようになり一安心。輪の中心とはいかないが、運動会もお遊戯会もニコニコ楽しく過ごすことができた。

そんな晃くんは野球との出会いの前に、サッカーに夢中になった。4歳から「ジョイフルサッカークラブ」に所属。俊足の原点はこの頃にあるのだろうか。野球の楽しさに目覚めたのは小学生になってからだった。

「サッカーよりも野球をやっている友達の方が多かったし、楽しそうだなと思って、小学2年生から野球チームに入りました。サッカーも楽しかったけど、未練はなかったです」

友達の影響で軟式の「岡ファイターズ」に入部。左利きということもあり、ポジションは主に投手と一塁手を任された。毎週末の練習が待ち遠しくて仕方なかった晃くん。家ではお父さんとキャッチボールをすることもあり、どんどん野球が好きになっていった。

「小学生のうちは楽しくやった方がいい。僕は練習をしているという感覚はほとんどなかったですね。好きでやり始めたので、苦になることはなかった。遊び感覚でもいいから、とにかく楽しくやってほしい」とアドバイスをしてくれたように、楽しみながら成長していった。

さらにもう一つ。これは親御さんたちへ向けたものだ。

「好きにやらせてあげてほしいなと思います。やりたくて始めたことだろうから、本人の意思を尊重してほしい。子供が何か聞いてきたときに教えてあげるくらいのスタンスでいいんじゃないかと思います」

温かく見守ってもらったおかげで、晃くんはのびのびと取り組むことができた。悩んだときには大人が導くことも必要だろうが、本人がどうしたいのかが一番大事。自ら考えることも勉強なのだというアドバイスだ。
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