「文武両道 ービジネス界で活躍する元球児ー」星川太輔さん(後編)

現在高い注目を集めている投球、打球の計測機器『トラックマン』の国内での営業、オペレーションを請け負っている株式会社リバー・スター代表取締役の星川太輔さん。中学の途中で野球部を退部し、高校では応援部に所属していながら慶応義塾大学の野球部でプレーしたという異色の経歴の持ち主だ。前編では大学で野球を始めることになったいきさつをお伝えしたが、後編では大学卒業後、現在の仕事にいたるまでの経緯をうかがった。

2018.06.04

データ分析担当としてWBC世界一に貢献


——今の仕事に関わるようになったきっかけはやはり大学の野球部での経験が大きいですか?
そもそものスタートはそうですね。卒業後はアソボウズ(現データスタジアム)という野球、スポーツのデータを扱う会社に就職しましたが、これは下級生の時に野球部でデータ班を担当していたことがきっかけです。当時は野球のデジタルデータ化がスタートしたばかりの時代でしたが、データを取ると見えなかったものが見えてくるんですよね。それを実際の現場にフィードバックして結果に繋がるということはやっぱりやりがいを感じました。当時はまだまだ小さい会社で、なぜ大手企業や銀行に行かないんだ?と周りに言われましたけど全く興味が持てませんでした。


——データスタジアムでは主に野球のデータ分析が業務だったんですか?
最初はそうですね。アナリストとしてデータを分析するのが仕事で、徐々にプロ球団の戦略にもかかわるようになりました。一番大きかった経験は第2回のWBCですね。侍ジャパンのデータ分析の提案に行って任せてもらえることになり、大会期間中は予選からずっとチームに帯同していました。ただ毎日時間がない中でデータをアップデートして映像をDVDに焼いて選手に配るという作業が大変で、とにかく眠れなかったですね。大会前も予選ラウンドも選手の調子がなかなか上がらなくて、苦しい戦いが続いていて、プレッシャーもかなりのものがありました。優勝した時は泣くかなとも思っていましたけど、涙は出ませんでした。とにかく勝ててホッとしたという思いが強かったですね。


——その後、一度野球から離れる決断をされたとうかがいましたが。
ちょうど第2回のWBCで優勝した年で勤続10年だったんですね。これ以上の経験はできないなというのは大きかったです。結婚したということもありました。このまま野球の世界だけにいるのが将来の自分にとってどうなのかなと。そこで経営やビジネスを一から勉強しよう、今までの自分のキャリアを全く生かせない世界で勝負しようと思い、商社(株式会社ミスミ)に転職することにしました。
知識や人脈を使って野球界のためになることをしたい

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