【サムライの親たち】侍ジャパンの親たちの「子育て」(宇野家/前編)

ヤキュイクでも少年野球向けの基礎知識や練習法で度々登場していただいている、市川シニアの宇野誠一監督。家庭でも3人の息子さんたちとともに野球に取り組み、長男隼太朗選手は昨年まで桐蔭学園のレギュラーとしてプレーし、次男の竜一朗選手、三男の真仁朗選手はともにU12の侍ジャパンにも選出されている。そんな宇野さんに家庭での方針、子育て論などをうかがった。

2018.10.19

宇野さん自身は東京都大田区出身。中学卒業後は隣県神奈川の桐蔭学園に進学し、阪神や中日でも活躍した関川浩一さん(現ソフトバンク3軍監督)らとともにプレーした経験を持つ。高校卒業後は獨協大学を経て社会人野球のリクルートに入社。その後ローソン、フェデックスに移籍し、コーチ、監督としても長く社会人野球に携わった生粋の野球人である。

長男の隼太朗くんが誕生したのは宇野さんが31歳の時。当時はフェデックスで監督を務めていた時期であり、乳幼児期はなかなか子育てに関われなかったという。

――普通の仕事をしているだけでもなかなか子どもとの時間をとることは難しいですが、更に社会人野球の監督もされていることで、かなり時間がなかったのではないですか?
「おっしゃる通り平日は仕事が遅くて、長男が小さい頃はまだ監督もやっていたのでなかなか時間はとれなかったですね。オフの日にキャッチボールやバッティングセンターに連れて行くようになったのが野球のスタートだと思います」

――お子さんにはやはり野球をやってもらいたいという思いは強かったですか?
「そういう気持ちは当然ありましたが、子どもの頃は野球だけでなく色んなことをして遊んでいました。3人とも水泳と体操教室に通っていましたし、小学校3年生まではサッカーをやっていました。ただ最後は野球をやるだろうなという漠然とした思いはありましたね。

自分はずっと野球に関わってきましたし、野球からもらったものが大きい。辛いことはもちろん多いですが、それ以上に嬉しかったことが強く印象に残っていますので、子ども達にもそれは体験してもらいたいですよね」

――お子さんが野球をやるようになってから少年野球の指導にも携わるようになったとのことですが、何かきっかけはあったのですか?
「今思うと長男にはよく叱っていたと思うんですよね。まだ5歳くらいの時にバッティングセンターに連れて行って、ボールが怖いから逃げることに対して叱ったりしていました。まだ小さかったので当然怖いですよね。その後、長男が小学校4年生の時に少年野球チームに入ったのですが、そこでも怒鳴られたりしていることが多くて、このままだと野球が嫌いになるなと思ったんです。

リクルートで働いていたときの先輩の言葉なのですが『楽しくなければやったところで知れたもの』という言葉がありまして、野球なんかまさにそうだなと。やらされて上手くなったものと、自分で夢中になって上手くなったのでは全然違います。そういうことを考えるようになって、長男が5年生の時からチームのスタッフとしてもかかわるようになりました」
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