アスレティックトレーナー立花龍司さん指導者講習会レポート(1)

2018.12.26

学ぶことをやめる時はコーチをやめる時



前段で現在の問題点を述べた後、そもそも『コーチ』というのはどういう意味があるのか、どのような役割を果たすべきなのかという話に進んだ。

「日本の指導者はそもそもコーチという意味を知っている人が少ないです。自分が調べた時なので少し古い話ですが、当時の辞書には(1)スポーツの指導者、(2)家庭教師、(3)長距離客車、(4)馬車と書いてありました。1500年代にコーチという村で馬車が初めて作られたことが語源だそうです。そして1600年代に行為としてのコーチングという言葉が生まれたと言われています。
馬車や客車から来ている通り、語源は運ぶということから来ています。一言で言うとコーチとは『大切な人たちを目的地まで安全に確実に送り届けること』ということになります。大切な人たちというのは選手のこと。目的地はその選手の目標、なりたい姿ですよね。
その選手を安全にと言っているのに暴力があったら話になりません。確実にということはその選手によってやり方を変える必要があるということです。よく『〇〇理論』みたいなことを言うことがありますが、一つのやり方だけではそれに合わない選手は育たないということになります。だから十人十色、それぞれの人に合ったやり方が必要になります。またやり方は時代によっても変化します。だから学ぶことをやめる時はコーチをやめる時だと思ってください。それくらいコーチとは重たい仕事です」

学ぶことをやめる時はコーチをやめる時。指導者にとっては何とも重い言葉ではないだろうか。そして話は具体的なコーチングの手法へと進んだ。

「先ほども高圧的な指導が多いというお話をしましたが、その背景には日本特有の悲しい歴史があります。そもそも日本には体を使って(スポーツを)楽しむという文化がありませんでした。剣道、柔道など全ては武道、すなわち立派な兵隊にすることが目的だったんですね。一方で海外でのスポーツは『National Pastime』、国家的な娯楽だったんです。
昔の日本の野球の指導に関する資料を見ると、練習が終わった後に血の小便が出ているかチェックして、出ていない選手は追い込みが足りないというような記述があります。娯楽とはかけ離れていますよね。
そんな当時の指導は『命令絶対服従型』です。言い方を変えると暴力型、恐怖型で、指導者から選手への一方通行しかありません。ただそんな指導方法でもある程度の選手は育ちます。ただそれなりのレベルにはなっても、消えてしまうというのを繰り返すことになります。それは指導者からの一方通行だから選手が自分で考えることができなくなって、『指示待ち』の選手にしかならないからなんですね。またこの指導方法は指導者にとっては楽です。高圧的に短期的に指示をすれば済みますから。
でもコーチは選手を目的地まで安全に確実に送り届けなくてはならない。それを考えるとコーチングはそういった瞬発力ではなくて、マラソンランナーのような持久力が必要になります。これはプロの指導者でも、ボランティアで野球を教えている指導者でも同じです」

次回は「具体的な選手、子どもへのコーチングの手法」についてお届けします。

(取材・写真:西尾典文)

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