ニュース 2019.07.10. 16:01

「過度な走り込み」や「低く構える」はもう古い?身体の仕組みを理解して「走り」をマスターしよう 秋本真吾×谷真一郎 対談(後編)

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野球の競技特性から外れた「走り込み」はナンセンス


野球の現場では年代を問わず昔から「走り込み」というトレーニングが存在します。その点についてお二人はどのように感じていますか?



秋本 「走り込み」を全面的に否定するわけではありませんが、指導者が理由もなく距離や本数を決め、選手を疲労させることだけを目的とした「走り込み」には反対ですね。



「走り」とは、なによりもフォームが大切なので、疲れた状態でバラバラなフォームで走ることは、あまり意味がないと思います。そもそも野球の試合を想定した場合、そんなヘロヘロになった状態で走る場面はないですよね。



 毎日のように間違ったフォームを繰り返せば、それが身体に染みついてしまいます。逆に正しいフォームを反復すれば、日に日に質の良い「走り」になっていきます。指導者の方にはそこを理解して欲しいですね。





サッカー界でも過度な「走り込み」をする指導者はいるんですか?



 まだまだ根強く残っていますね。陸上競技の中・長距離の「走り込み」は、一定の速度で走りますよね。でもサッカーを始め多くのスポーツは試合状況や局面によって、常に方向とスピードが変わるんですよ。僕も現役時代、ずっと「走り込み」をしてきましたが、『練習であんなに走ったのにゲームで活かすことができない……』と不思議に思っていました。体はトレーニングに適応するという大原則がありますから、競技特性から外れたトレーニングでは試合で活かせないのは当然ですよね。



このようにトレーニングが競技特性から外れてしまうと成果を得られないので、選手も練習に対して意味や意義を感じられなくなります。



秋本 甲子園で優勝したチームのトレーナーがおっしゃっていた言葉なんですが、とても的確で『走る距離は短く、頻度は多く』。まさにその通りだと思います。野球の本質を見極めれば、長い距離よりも短い距離が優先されるべきです。



さらに選手が「走り」について各自で課題を持っていれば、本数を強制しなくても課題をクリアすることが楽しくなり、自然と走れるようになるはずです。




低く構えろ!実はNGワード?


「走り」以外でも、野球では守備の際に「低く構える」ことがスタンダードな指導になっています。



 「腰を落とせ、重心を低くしろ」、そう指導するのが当たり前になっていますが、この体勢はとても動きづらいということに気づいて欲しいです。動きやすさを追求すれば走りと同じで、リラックスすることと、パワーポジション(動きやすい最適な足幅)の状態がベストです。靴一足分スタンスを狭くし、重心を少し上げてみてください。だいぶ動きやすくなると思いますよ。



秋本 僕は中学の3年間バスケットボール部だったので、『とにかく腰を落とせ!』と指導されましたね。野球やサッカーだけではなくバレーボールなど他の球技にも共通することかもしれません。



 その通りです。これは他のスポーツにも共通しています。球技には方向転換が必要なケースがほとんどなので、上半身はバランスを保って正面を向き、下半身だけを半身にして腰のひねりをキープすれば、どの方向にも動きやすくなります。



身体のメカニズムを利用すれば、一歩目の動き出しが他の選手より速くなり、かつエネルギーの消費量も少なくなるので自然と持久力も上がるわけです。



秋本 谷さんは走り方・構え方にしろ、競技にどう生かせるかという観点から説明した上でトレーニングに入っているところが素晴らしいと思います。



例えば、野球であればメジャーリーグの一流選手の走りや構えを映像として見せてあげること。僕も走りを指導する前は、映像を交えた座学を受講してもらってから実践に入ります。トレーニングの前に頭で理解するのとしないとでは、選手のモチベーションも大きく変わっていきます。




指導者や保護者が正しい走り方を知る意義


古い慣習や固定概念を取り払うことができれば、野球をする子どもたちの可能性を今以上に広げることができますね。



秋本 野球は上半身と下半身をバランスよく鍛えることができるスポーツなので、他のスポーツに比べてコーディネーション能力(=身体をコントロールする能力)が高いです。指導する側が的確に指摘することができれば、「走り」に関して数十分でガラリと変わることができますよ。



 そのためにも指導をする側や、子どもを見守る保護者の視点を変える必要がありますね。僕は全国各地で主にジュニアを対象に講習会を行っていまけど、そこでは保護者の方にもコートの中に入ってもらって、子どもたちと一緒に正しい動きについて理解してもらうようにしています。



秋本 それはとても大切ですね。保護者が理解していれば、子どもにとって一番身近な「走り」のコーチになれますから。



僕も親子の走り方教室を定期的に開催して、子どもだけでなく大人も一緒になって正しいフォームを身につけられるイベントを行っています。『子どもの頃に知っておけばよかった』という大人の方からのコメントも多いですね。



1人でも多くの人に正しい「走り」の重要性に気づいて欲しいですね。では、最後に今回の対談の感想をお願いします。



秋本 僕は野球をはじめ、さまざまなアスリートに「走り」を教えていますが、谷さんのようにプレイヤーと指導者の両方でトップを経験している方の意見を聞けて、とても参考になりました。これからもアスリートや指導者との交流から、活動の精度を高めていきたいです。



 私も目指すべき理想の「走り」が一致する秋本さんの意見が聞けて良かったです。日本のスポーツ界全体を良くするためにも、野球やサッカー、陸上など競技の垣根を越えた話し合いの場が必要だと思っています。ともに戦う仲間として、お互い頑張っていきましょう!



興味深いお話をありがとうございました!

(敬称略、取材・写真:編集部)









秋本真吾 プロフィール


1982年4月7日、福島生まれ。400mハードルにおいてオリンピック強化指定選手にも選出。2010年には男子200mハードルで当時アジア最高記録、日本最高記録を樹立。
2012年6月に引退後、本格的に指導者として活動を開始。スプリントコーチとして、阪神タイガース、オリックス・バファローズなどプロ野球、プロサッカー、アメリカンフットボール、ラグビーチームなどに走りの指導を展開。個人指導でも浦和レッドダイヤモンズのサッカー選手を筆頭に、これまでに野球選手6球団150名、サッカー選手32クラブ190名の指導を展開。またトッププレーヤーだけではなく、全国で子どもたちの走り方教室なども幅広く展開。
現在は「速く」走るためのスプリント指導のプロフェッショナル集団 『0.01 SPRINT PROJECT』代表も務める。




 


谷真一郎 プロフィール


筑波大学では蹴球部に所属し、在学中に日本代表へ招集される。同大学卒業後は柏レイソル(日立製作所本社サッカー部)へ入団し、1995年までプレー。
引退後は柏レイソルの下部組織で指導を行いながら、筑波大学大学院にてコーチ学を専攻する。その後、フィジカルコーチとして、柏レイソル、ベガルタ仙台、横浜FCに所属し、2010年よりヴァンフォーレ甲府のフィジカルコーチを務め、昨年日本では初となるフィジカルコーチライセンス最高レベルの「AFCフィットネス・コーチ・ライセンス,レベル2」を取得した。
また動き出しの一歩目に着目し、サッカー界に新たな常識をもたらした「タニラダー」の考案者であり、野球向けに改良した 『タニラダー for BASEBALL』でも、その独自のメソッドを伝えている。



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